この人生は、湘南の海に繋がっていた
日本SUPレース界のトップパドラーとして活躍し、現在は湘南の葉山でパドルショップ『PADDLER』をプロデュースする、金子ケニーさん。今回の撮影途中にも街の人たちが見学に集まってきて、葉山でもアイコニックな存在であることがわかります。
東京に生まれ茅ヶ崎で育ったケニーさんは、7歳のときに渡米しました。アメリカではパドルスポーツをされていたお父様の影響でサーフィンを楽しみながら、サッカーの類まれなる才能も発揮。暮らしていた南カリフォルニアのアーバインは有名なサーフスポットでもあって、早朝に友人とサーフィンをしに海に繰り出して、午後サッカーに打ち込むという日々を過ごしました。
アメリカでユースの代表に選出されるなど活躍した後に、17歳の頃に帰国してJリーグのジュニアチームと契約することになります。
「帰国してからサッカー漬けの生活となって海から遠かったときに、自分のバランスが取れなくなる感覚があったんですよね」。自身の暮らしのスタイルとのギャップ、そして怪我の影響もあって、帰国後1年ほどでサッカーを辞めることに。
そしてケニーさんの人生は、生まれ育った湘南の海へと繋がっていきます。東京から葉山に拠点を移すことで、海が近くにある暮らしを取り戻しました。大学に進学するとカヌーに傾倒し、すぐに頭角を表すとハワイの世界大会にも参加するようになりました。
そこでSUPに出合い、その世界でプロになることを決意します。
「パドルスポーツの世界は、プロとして漕ぎ続けることって実は難しくて。だから自分がその前例になってバトンを繋げたいという想いと、海に仕事として出られたら家を空けても家族に顔向けしやすいかなって」と、穏やかに笑うケニーさん。
そして約8年続いた、プロオーシャンパドラーとして世界と戦い続けた日々。
競技者としては一歩身を引いた後も、パドルスポーツの魅力を伝えることに尽力しながら、ケニーさんは今なお海に漕ぎ出し続けています。
海の上から、湘南の街を眺めるという特別な体験
そんなケニーさんから見ても、湘南の海は日本でも稀有な存在。
「葉山から平塚の先の方まで、美しいビーチが連なっている。他のエリアの浜だと、良い悪いではなくてどうしても漁港や防波堤のあるような海も多いですから」
パドルスポーツの視点で見ても葉山の海はとても環境が良いと言います。気分次第で鎌倉・茅ヶ崎方面にも行くことができて、逆に横須賀の佐島の海にも行くことができる。風に身を委ねて、その日の行く先を決めることができる海。
海のすぐ近くに街の賑わいがあって、食やカルチャーなどさまざまなことに対して意識の高い人たちが集まって街を盛り上げていることも、暮らしを楽しむために不可欠なポイント。
「そして何より、この街に暮らしている人の視線が海に向いている。日常の中で、海に入ったり、海で散歩する時間を大切にしている仲間が多いことが、心地良いんです」と話すケニーさんは、嬉しそうな顔をしていました。
ただ観光客を迎え入れる海という意味合い以前に、海を囲うようにその街の暮らしが存在している。海と街が寄り添い、一体感があること。そんな湘南の海は、世界の海を見てきたケニーさんを魅了しています。
「これは海に漕ぎ出さないと気付けないのですが、葉山は海側から見た景色が美しい。浜から500mも沖に出て振り返ると、海と街と山が織りなす美しい世界が見えてくるんです」
ひんやりとした水の感覚、消える街の音、海からの風景。海を眺めるだけではなくて中に飛び込むからこそ発見できる、湘南の新しい魅力。暮らしている人にも、訪れる人にも、ぜひ体験して欲しいと話してくれました。
フロントローディングという、15年続けている暮らしのリズム
ケニーさんにとって海に漕ぎ出すことは、朝起きて歯を磨くのと同じように、毎日の日課となっています。海に出ない日は1年間で20日も無くて、特にレースなどの予定が無くても週120kmの距離を漕ぐ生活を、15年もの間続けてきました。
そんなケニーさんの朝は、早いときには午前4時からはじまります。
「フロントローディング(Front Loading)と言うのですが、1日の中で自分の時間を過ごすために、朝の時間を有効に使うようにしています。そうすると、何も焦ることなく1日を穏やかに過ごすことができるんです」
朝早く起きてグラス一杯の水を飲んだ後、海へと漕ぎ出して子どもたちが起きる時間に帰ってくる。
朝ご飯を一緒に食べて学校へ行く子どもたちを見送り、仕事を頑張って、翌朝も早いからとお酒も飲まずに家族で早く寝る。
それが、ケニーさんの暮らしのリズムです。
「海で過ごす時間は、自分がフラットになる時間で。日々の中で悩むことがあっても、大きな海に出てしまえばちっぽけなものに思えてきて、リセットできるんです」
朝から海に漕ぎ出て、それから各々の暮らしを始めるというリズムを、今では仲間たちとも共有しています。多いときには15人ほど集まり、中には都内からこの日のために泊まりで参加する人もいるほど。「少し身体がだるいなとか体調悪いなと思うときも、自分を奮い立たせて海に出ます。不思議と、海から帰ってきてスッキリしていなかった日はないんです」
フロントローディングは、その人がその人らしい時間を朝に過ごすという意味で、多くの人にとって暮らしに取り入れられるリ
ズム。そして湘南の朝の気持ちの良い空気は、その背中を後押ししてくれるようにも思えます。
そしてケニーさんは現在、葉山の真名瀬海岸近くの海沿いの場所に、新しい拠点をオープンする準備を進めています。葉山を代表する風景でもある海沿いにバス停のあるこの場所で、街で暮らす人も街に訪れる人にも、一人でも多くの人にパドルスポーツの魅力を伝えるためのお店です。
「この海があるから。それが、この街にいる理由です」
今日もきっと湘南の海のどこかで、ケニーさんはパドルを漕ぎ続けています。
PROFILE
@kenny_kaneko